小学校二つ目の母校
二つ目の小学校は村立小学校でここは複式でなく1学年のみの学級であった。
2年、3年生の時に学んだ学校です。
ここの学校でも授業中のことは全く記憶に無い。
これは一体、どういうことなのだろうか?平和な学校生活であったと言ってしまえばそれまでですけれど、世間によくある話では学校のクラスメートのこと、先生のこと、嫌いな先生、好きな先生のことが思い出話として語られることがあると思いますが、私の場合は前の学校も、二つ目の学校もそのような思い出が全くありません。
教育熱心で感銘深い教育をした先生がいなかったのか、そうかも知れないと思う節もあります。
こんな思い出に残らない学校であって欲しくないと思います。
そんな学年の時に学校以外で鮮明に思い出に残っていることが幾つかあります。
まず木材会社の社長の息子が同級生にいて、彼とのささやかな思い出があります。
当時は普通の家庭には車が無いのが当たり前でありましたが、その彼の家には乗用車があったと思います。
そのことから、自分の家とは格段の違いがあるお金持ちの家との印象です。
さすが社長の家ということでしょうか。

